彩職賢美
2025年3月6日更新
就労継続支援TAMAMONO 代表取締役 伊藤 史絵さん|働く喜びをすべての人に[彩職賢美]
白を基調とした空間に、天然石のピアスや海をモチーフにしたキーホルダーが並ぶ「就労継続支援TAMAMONO」。樹脂で海を表現する「波レジン」のアート体験が行われ、多くの人が訪れる。代表の伊藤史絵さん(38)は、「障がい者が働いていることを知らないお客さんがほとんどやと思います」と笑う。
アートで新たな就労支援
就労継続支援TAMAMONO代表取締役
伊藤 史絵 さん
息子の未来のため未経験から挑戦
伊藤さんが施設を立ち上げたのは、自閉症の息子の未来を案じたことがきっかけだった。「息子は絵が上手で、プログラミングやフォトショップのスキルもある。けれど、一般企業での就労は難しい」。いくつか就労支援施設を見学したが、能力を活かせそうな環境が見つからず、自身で作ることにした。シングルマザーとして2人の子を育てながら、デザイン事務所やモデルプロダクションなど、さまざまな事業を立ち上げた伊藤さん。だが、福祉の世界は未経験。事業を軌道に乗せるまでは、試行錯誤の連続だった。1枚数円のチラシの折り込みは、ガソリン代で赤字に。請け負っていた清掃の仕事が、洗浄機を購入後なくなったことも。「何してるんやろう、の繰り返し」。毎月百万円単位の赤字が続いた。子どもの学資保険を解約、夜のバイトをし、自家用車も売却せざるを得ない状況の中、「自分らで稼ごう」と決めた。
波レジンの作品を制作・販売していた経験を生かし、体験教室を開催。そこから徐々に経営が安定し、融資も決まった。今では、オリジナルの紙袋やアクセサリーの販売など、さまざまな仕事を提供し、利用者の活躍の場を広げている。
モットーは、「誰でもできる仕事を作る」こと。「難しい仕事も作業工程を細分化すれば、できる! が見つかる」と話す。「できる」経験を重ねることが、自己肯定感を育むという。
信念の根底に、子育てでの経験がある。次男は何年も靴ひもを結べなかった。「できない息子にも上手に教えられない自分にも腹が立つ。そこから、障がいを持って生んだ自分が悪いのか、妊娠中の食生活が影響したのか、と考え込んでしまう」
しかしある日、結ばなくても履ける靴ひもが売られていることに気付き、「靴ひもを結べなくても、人生は大きく変わらない」とハッとした。利用者の仕事も、環境を整え工夫を凝らせば、「できる」は増えていく。これは昨年義務化された「合理的配慮」(障がいとなる要因を取り除く対応)にも通じる考え方だ。
● ● ● ● ● ●
「いろいろやってきたけれど、今が一番楽しい。天職です」と、晴れやかに笑う伊藤さん。最初は硬い表情だった人が笑顔になったり、できないと言われていたことができるようになったり。「一日また一日と成長する姿が見られる。こんな喜びを得られる現場は、なかなか無い」
引きこもりで外に出ることも難しかった人が企業に就職したり、人と話せなかった人が講師として活動したり。これまでに就労し、職場に定着した利用者は8人。卒業後にスタッフとして働く人も3人いる。「私の使命は、社会に良い循環を生み出す人材を送り出すこと」
原体験は、10代の頃にさかのぼる。ある日、大阪のファストフード店で、ギャルが出た後のトイレがきれいに整えられ、ペーパーが丁寧に折り畳まれていたことに感動した。それ以来、自分もトイレをきれいにするようになった。「心がスッキリして、少し自分を好きになる」。利用者にも職員にも伝えている会社の理念は、「働く自分を好きになる」だ。「例えば、シール貼りなんて誰でもできるやんって思うけど、誰よりもできたら、きっと自分が好きになる。それは、社会にいい循環を起こす」
現在の目標は、利用者の工賃を上げること。そこにつながる一歩として、先月新たにグループ会社、就労継続支援「KINALI」(那覇市)をオープンさせた。利用者が制作したアート作品を販売し、他の就労支援事業所へ生産活動の提供も行う予定だ。「工賃を、業界最高値にしたい」。どこまでも明るく、新たな世界へ。挑戦は続く。
新しい自分を見つける場所

TAMAMONOは、就労継続支援事業所A型とB型。いずれも那覇市内にある(のうれんプラザ、てんぶす那覇)。現在、利用者は約40人、スタッフは20人。伊藤さんは「TAMAMONOは、賜りもの、ギフトという意味。障がいは害ではなく、あなただけの特性だよ、というメッセージを込めています」と説明する。
写真は、のうれんプラザの事業所で新聞紙を使ったオリジナルの紙袋を制作する利用者とスタッフ。明るい空間に、笑顔があふれる。
利用者を支えるスタッフの経歴は、ネイリストやプログラマー、元キャビンアテンダント、ヨガインストラクターと多彩だ。それぞれ経験を生かし、「ウェルネスクラス」や「パソコンの日」など、個性的なプログラムを提供している。「みんな福祉にハマっていて、今年は多くのスタッフが、介護福祉士の資格取得に挑戦します」と伊藤さん。スタッフにとっても、新しい自分を見つける場所になっている。
■TAMAMONO
電話=080(3100)8527
沖縄の海に引かれて
暖かい場所が好きだった伊藤さん。毎年のように沖縄を訪れ、「いつか、ここに住もう」と決めていた。30歳、大阪の事務所を沖縄に移転し、沖縄へ移住。

※写真は、伊藤さん提供
趣味はスキンダイビング=写真。酸素ボンベやレギュレーターを使わず、海の中へ潜る。「海の中の音を聞くと、リラックスできるんです」。週末になったら離島へ行き、息子たちとスキンダイビングを楽しむ。
2人の息子を育てる伊藤さん。施設を立ち上げたのは、自閉症の次男のため。ところが、次男から意外な一言が飛び出した。「絶対入らん!」。伊藤さんは、「今となっては仕事自体がすごく楽しいから、どっちでもええか~と思ってます」と笑う。子どものために始めた仕事は、いつの間にか自分自身の生きがいになった。
「やりたいと思ったら、すぐやる。失敗は成功までの過程だと思っている」。伊藤さんの生き方は、シンプルだ。

プロフィル/いとう・ふみえ
1986年、東京都生まれ、大阪府育ち。2007年、石垣島に移住し、結婚、出産。2008年、デザイン事務所を設立。2009年、離婚し大阪府に戻る。モデルプロダクションの傍ら、自身もモデルとして活躍。引退後はモデルの育成講座を開催。エステやバーを経営。19年、沖縄に夢の移住。22年、就労継続支援TAMAMONOを立ち上げる。
↓画像をクリックすると、「タマモノ」のホームページに移動します

[今までの彩職賢美 一覧]
撮影/比嘉秀明 取材/栄野川里奈子
『週刊ほ〜むぷらざ』彩職賢美<1444>
第1960号 2025年03月06日掲載