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2022年11月17日更新

[沖縄スポット]シマ散策(12)|糸満市大里

地域の人におすすめのスポットを案内してもらい、その地の魅力を再発見する企画。今回紹介するのは、糸満市大里。歴史サークル「南山歴史研究会」の会長、伊敷賢さん(72)に「南山城跡(グスク)」とその周辺の史跡などを案内してもらいました。

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三山時代に思いをはせて 【糸満市 大里】

糸満市の北東にある「大里」は、三山時代に栄えた南山ゆかりの地。三山時代とは琉球の歴史の時代区分の一つで、14世紀から15世紀初頭、沖縄本島南部の南山、中部の中山、北部の北山の三つの国が争った時代のこと。集落の中央付近、標高60㍍ほどの小高い丘に歴代の南山王の居城だった南山城跡(グスク)がある。

現在、南山城跡は市立高嶺小学校の敷地内にあり、城壁などの遺構が一部残っている。城跡は、隣接する小学校のグラウンドと同じくらいの広さがあり、こけむした琉球石灰岩の石積みや、生い茂るガジュマルの大木が野趣を感じさせる。

南山歴史研究会の伊敷さんは「南山、中山、北山はいずれも中国と交易を盛んに行っていました。南山城跡の発掘調査では中国製陶磁器などが出土しています」と説明する。

城跡には拝殿がある。大正時代にグスク内に点在していた拝所を合わせて祭ったという。城跡では、伝統行事のウマチーが行われ、集落の内外から南山ゆかりの門中が集まるなど、今も地域住民の聖地として信仰されている。


南山城跡は、「おきなわの名木百選」に選ばれたガジュマルの群生も見どころ
南山城跡は、「おきなわの名木百選」に選ばれたガジュマルの群生も見どころ

澄んだ湧き水をたたえる嘉手志川。奥の建物が湧き水の水源。昔はここで洗濯をしたり生活の場だった
澄んだ湧き水をたたえる嘉手志川。奥の建物が湧き水の水源。昔はここで洗濯をしたり生活の場だった

南山城跡の北側に残る城壁
南山城跡の北側に残る城壁

為朝伝説が残る和解名森。カニマン御嶽とも呼ばれる
為朝伝説が残る和解名森。カニマン御嶽とも呼ばれる


琉球の伝説残る地

南山城跡から東へ向かうと、湧き水「嘉手志川(カデシガー)」がある。古くから水量が豊富で、南山の繁栄を支えたといわれる。湧き水をためた池は透き通って清涼感がある。伊敷さんは「水道が整備される以前は生活用水として飲み水や洗濯などに使われていました。戦前は湧き水を使ったお風呂屋さんもあって繁盛したと聞いています」と語る。

15世紀に入って中山の尚氏が勢力を増し、北山を滅ぼし、最後に南山を滅ぼして三山を統一した。伊敷さんは「言い伝えでは、南山が滅んだのは、最後の王であった多魯毎が、中山王尚巴志の持つ金屏風を欲しがるあまり、嘉手志川と交換したことで領民の信頼を失ったのがきっかけともいわれています」と説明する。

嘉手志川の北には、為朝伝説が伝えられる「和解名森(わだきなむい)」と呼ばれる林がある。周囲は畑で、林の中央部は拝所になっている。伊敷さんは「源為朝と大里按司の妹があいびきをした場所といわれています。伝承では、二人の子が琉球で最初の王とされる舜天といわれています」と語った。




案内人

南山歴史研究会
会長 伊敷賢さん

勉強会を開き三山時代の、特に地元南山の歴史伝承を学んでいる。
■090(1948)4637


取材/池原拓
『週刊ほ〜むぷらざ』シマ散策 

第1841号 2022年11月17日掲載

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