手作り絵本に取り組んで50年。84歳の垣花千恵子さんは今年3月、芭蕉紙の復興を描いた絵本『芭蕉紙しゃかしかぽん』を出版した。絵本との出合いが、一人の女性の人生を深く刻んできた。(取材/赤嶺初美・ライター、撮影/比嘉秀明)
手しごと工房 アトリエ孵(ふ) 主宰・絵本作家の垣花千恵子さん(84)

母への思い、夢中になる喜び
残したい故郷の手仕事 芭蕉紙復興の物語描く
絵本のない子ども時代だった。垣花千恵子さんが絵本に出合ったのは、丘の上の小さな保育園。長女の出産前後、保育園の手伝いをしていた時、保育士の姉が子どもたちに読み聞かせをする姿を目にした。「小さい子のものだとばかり思っていた絵本の内容のなんと深いこと」。その豊かさに魅了された。
夫の転勤で埼玉県に移り住んでいたある日、娘の友だちの母親が、手作り絵本教室の案内チラシを持ってきた。上の子を小学校へ送り出した後、ベビーカーに下の2人を乗せ、週1回の公民館通いが始まった。絵本教室で教えてくれた講師は「絵本は子どもだけのものではない」と語り、亡き母を思いながら作ったという作品を涙をにじませながら話した。その姿に垣花さんは強く胸を打たれた。「この先生との出会いがなかったら、手作り絵本への情熱をここまで持ち続けることができなかったでしょう」と振り返る。
絵本作りを始めた根底には、母への思いがあった。明治生まれの母は幼い頃に親を亡くし、引き取られた家では学校に行かせてもらえず、文字が読めないまま大人になった。働きづめの生活で、「自分の一生は何だったのだろう」とこぼした母。「絵本の世界に連れていって、文化を共有したかった」。母に喜んでもらいたい一心で絵本を作り始めた。
「絵本は器のようなもの」と垣花さんは言う。「その器に何を入れるか、どう料理して、どう盛り付けるか。それが絵本作りです」。子どものこと、歩んできた道、沖縄の歴史や伝統工芸と、さまざまなテーマを絵本という器に盛り込んできた。
沖縄を離れて暮らす中で故郷(ふるさと)の文化の素晴らしさを改めて感じた。道端に咲く草花を手折って子どもたちと図鑑で調べながら、「沖縄の子にも見せてあげたい」と、心はいつも沖縄に向いていた。「子どもたちに伝えるために絵本を作り続けてきたような気がします」。沖縄に戻ってきたのは30年前。今も創作は続く。
昨年はおきなわ文学賞を詩部門と琉歌部門で受賞。それでも垣花さんがうれしいと語るのは「こんなにも夢中になれる世界があった」という喜びだ。絵本作りを通して人生が豊かになった、という実感がにじむ。
「芭蕉(ばしょう)紙しゃかしかぽん」は、明治以降に途絶えた芭蕉紙を百年ぶりに復興させた実話の物語だ。版画も垣花さんの手による。初版の2001年は少数限定で市販はせず、読み聞かせなどで活用された。この作品を大切に思う人々の尽力で25年たった今年、出版された。
垣花さんと芭蕉紙との出合いは1988年、東京の「紙の博物館」だった。「生まれて初めて見る芭蕉紙は、太陽の恵みをたっぷり浴びた少女の肌のようで」と、その時の感動を今も鮮明に覚えている。以来、芭蕉紙の歴史と作る工程を調べ続け、絵本にした。「資料に向かっているときが一番楽しい。歴史のかなたの職人たちに会ううれしさがある」
絵本の主人公は、人間国宝の弟子として出雲から沖縄に渡り、芭蕉紙の復興を悲願としながら40歳の若さで志半ばに亡くなった勝公彦(ただひこ)さん。垣花さんは生前に一度も会ったことがない。それでも、ものづくりへの姿勢と、沖縄の文化に寄せる思いに深く心を動かされた。「この絵本は私からの勝さんへのお礼と答え」。芭蕉紙を使い完全復刻された一冊に、50年の歩みが凝縮されている。
歩行困難になった今も、やりたいことはどんどん膨らむ。築75年の自宅兼アトリエで絵本展を開き、手仕事の数々を訪れる人たちに見てもらいたい。「使い切る。物も、時間も私も」。そう呪文のように唱えながら、垣花さんは今日も手を動かし続ける。
沖縄の自然・文化・暮らし 作品に

垣花さんがこれまで手掛けてきた手作り絵本や俳句集の数々=写真。埼玉県浦和市に住んでいたころ、「領家手づくり絵本の会」へ参加したのをきっかけに創作を始めた。沖縄の自然や文化に伝統工芸、戦中戦後の暮らしをテーマにしたものなど、50年の歳月をかけ作品を積み重ねてきた。
文字を知らない母のために作ったのが「主のいる森」と「小学校のがじゅまる」。戦争で大変な目に遭ったのは沖縄だけではないと知り、絵本にした「塩になった山羊」。芭蕉布の人間国宝・平良敏子さんの物語を書いた「芭蕉布を織りなさい」など、ほとんどが私家版の少部数だが、読み聞かせや絵本展を通じて広く伝え続けてきた。
あとがきに実物の芭蕉紙

芭蕉紙の復興に生涯を捧げた勝公彦氏は、「芭蕉紙は、沖縄の人に使われてこそ生き延びることができる」と語った。その復興の物語を描いた絵本「芭蕉紙しゃかしかぽん」の版画は、力強い線と緻密な表現が特徴。紙漉きの工程が生き生きと刻まれ、あとがきには実物の芭蕉紙が貼られている。その芭蕉紙を製作したのは、勝氏のただ1人の弟子であり、那覇市首里で「手漉琉球紙工房 蕉紙庵」(てすきりゅうきゅうしこうぼう・しょうしあん)を営む安慶名清さん。糸芭蕉の茎の繊維から作られる芭蕉紙は多くの手間と時間を掛けて生み出される。沖縄の伝統の技とそれを大切に守り続けようとする思いが、芭蕉紙の手触りとともにこの1冊に宿っている。最新版の「芭蕉紙しゃかしかぽん」は、県内書店などで購入可能。写真は絵本と芭蕉紙。
プロフィル

かちはな・ちえこ
1941年、那覇市出身。琉球大学教育学部卒。短い教職の後、結婚のため上京。子育て中に手作り絵本に出合う。埼玉県浦和市で「領家手づくり絵本の会」の仲間たちと合作絵本に関わり、個人作品も作る。25年前に帰沖。主な作品「主のいる森」「塩になった山羊」「芭蕉布を織りなさい」など。詩「芭蕉紙」、琉歌「宝口樋川」が2025年おきなわ文学賞入賞。その他、受賞歴多数。26年3月、絵本「芭蕉紙しゃかしかぽん」を出版。
毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」彩職賢美〈1460〉
第2024号(2026年5月28日発行)より転載