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看護師で介護支援専門員の資格も持つディロング直美さんが、父親を家族で13年間在宅介護した経験をつづります。(文/ディロング直美 「家族介護のwa」代表)
日ごろから健康情報を確認
介護は突然始まります。病気は少しずつ本人も家族も気付かないうちに発症・進行し、分かった時には既に介護が必要になっていることも。まさに私の父が、そうでした。
転倒、見えづらさも
父は沖縄出身ですが、若いころに大阪へ移住。調理師として早朝から深夜まで40年余り働いていました。定年退職を機に帰郷。悠々自適に過ごしながらもバイクに乗り、家族とも外出するなど、しばらくは生活リズムは保たれていました。
しかし、運動量は減っているのに食事量は変わらず、徐々に体重が増加。動きにくくなることでさらに運動量が減り、次第に喫煙や飲酒の量も増えていきました。私は食事や飲酒・喫煙の量を減らすよう何度も伝えましたが、「長年、働いてきたんだから今はやりたいようにする」と聞く耳を持ちませんでした。
そんなある日、父がバイクで走行中に転倒。本人は軽症でしたが相手の車を傷つけてしまう事故が起きました。その前から「なんとなく目が見えづらい時がある」と話していましたが、「老眼や乱視もあったので、その影響だろう」と経過を見ていた矢先のことでした。また家族と外食した際もお箸で料理をつかみにくそうにしたり、つかんだ物を落としたりしていましたが、「酔っているから」と気にしていませんでした。
麻痺が起きている!
それから約1週間後。外出前に父が着替えている時、異変に気がつきました。右足が上がらず、右手でズボンを引き上げることもできない父を見て「麻痺が起きている! お箸で料理がつかめなかったのも麻痺のせいだったのかも!」と思い至ったのです。
すぐに病院を受診。検査の結果、脳梗塞と診断され、そのまま入院、治療が始まりました。医師によると「検査の結果から、少し古い脳梗塞の痕跡もある」とのこと。「何か症状はなかったか」と聞かれハッとしました。数カ月前のバイクの転倒事故は、脳梗塞で視野が狭くなり、右半身の麻痺が始まっていたのが原因だったのかもしれません。
看護師である自分が、父の異変を脳梗塞の発症だと捉えられなかったことへの後悔と、父に対する申し訳なさでいっぱいになりました。「バイクの転倒や見えづらい出来事があった時点で受診していたら、新たな脳梗塞は起こさなかったのではないか」「これが病院の患者さんだったら、医師に症状を報告し、検査を検討してもらっていたのに」と。

「父に限って」が油断に
「父に限ってまさか」とか「このくらい大丈夫だろう」とどこかに油断があったことが、異変を見過ごし対応が遅れる結果につながったのだと思います。
このように介護の始まりが予期せぬことにならないためにも、年老いていくご両親については、健康情報=下リスト参照=を確認しておくのをお勧めします。

特に子どもの頃や若い頃の病歴は知っている人が限られるため、早いうちに確認しておきたいもの。家族の体調や健康情報が共有されていると、誰かが介護を必要とする状況になっても、その人の意思を尊重し、その人らしい生活ができるように、お互いが心強いサポーターになれるはずです。
事情聴取のように聞き出すのではなく、ご両親やご家族に「そういえば、あの時どんなだったっけ?」と、懐かしい話をするように語りかけ、楽しみながら情報を共有してみてください。
執筆者プロフィル

でぃろんぐ・なおみ/看護師。亡き父を13年間介護。2023年「家族介護のwa」設立。「ワクワク介護叶(かな)え隊」の翁長久仁子さんと共に介護の悩みを話し情報交換できる「介護の語り場」開催中
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毎週木曜日発行「週刊ほ〜むぷらざ」13年間の在宅介護日記(1)
第2017号(2026年4月9日発行)から転載