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新城和博

2021年3月12日更新

理髪店、もしくは理容室まーい|新城和博のコラム

ごく私的な歳時記Vol.81|首里に引っ越して20年。「ボーダーインク」編集者でライターの新城和博さんが、この20年も振り返りながら、季節の出来事や県産本の話題をつづります。

理髪店、もしくは理容室まーい


とぎれとぎれに続いているひそかな趣味がある。街角のまちや小や本屋さんがどんどんなくなるのに、理髪店、理容室(と美容室)は、時代の荒波に流されることなくとにかくたくさんある。あるとき思いたって、首里かいわいで毎回違う理髪店にとにかく後先考えずに入ってみることにした(以下、理髪店、理容室をまぜて使いますが同じ意味です)。

どんな髪形になるのかはもう気にしない。散歩がてら、またはただ車を走らせて、サインポール(アオとアカのぐるぐる回っているアレ)に引き寄せられるまま、すいてるところに行く。いろんな理髪店があり、みんなそれぞれ味わいがあった。まったく知らない店に入るのは、小さな勇気がいるのだが、それも含めての楽しみであった。

ひとしきり首里かいわいの理髪店まーいをしたのだが、特になじみとなる店をおくこともなく、いつのまにかフェードアウトした。ここ数年は自分にお金をかけるのがもったいなくなって、もっぱら千円カット専門である。さらにこのコロナ禍の一年は髪を切ること自体がおっくうになって、緊急事態宣言が解除される頃にいいかげん髪の毛が伸びていることに気づき、ちょきちょき切りに行くという案配であった。……そういえば首里で2度目の引っ越しをして10年、このかいわいの理容室まーいはしてなかったなぁと思いだしたのも、きっとコロナ禍で二回りめの退屈だったからだろう。そこで、再び知らない理容室に入るという趣味をフェードインしてみた。

まずは歩いて一番近い理髪店。入って分かったのだが、創業百年にならんとする親子3代続いている理髪店だった。お父さん(多分2代目)、息子(多分3代目)、その嫁さん、みんな理容師と美容師です、というたたずまい。家業という言葉が浮かんだ。すでに息子の代に替わっているが、そのお父さんらしき方が僕を無言で一番奥の鏡の前に座らせてくれた。これといって何をするでもなくという、ごく自然な感じで、ぼくの髪の毛を切り出したお父さん。横で常連の人……話の内容からするとカットしている息子さんと同級生だ……の会話とつけっぱなしのテレビの画面を眺めつつ、久しぶりの理髪店の時は過ぎていった。郷土、地元に支えられて、戦争、復帰、道路整備による立ち退きなどの時代の荒波をのりこえ、世代をつないできたのだなぁと、うとうとしていた。

理髪店と千円カットの違いはというと、滞在時間である。理髪店では、カットはもちろんであるが、やれ温かいタオルだ、シャンプーだ、ヒゲそりますか、眉毛も整えますか、鼻毛も……なんやかんやあるが、一番の楽しみはマッサージである。理髪店によっては、カットよりもマッサージの方の時間が長いというところもあった。奥から秘密兵器風にマッサージ器を取り出してきたりして。

しばらくしてぼくの髪の毛は切り終わったようだ。ひと呼吸おくと、お父さんはハサミをおいて、すっと僕の背中に手を当てた。おー、久しぶりに理髪店のマッサージだ。ひそかに楽しみにしていたのだ。するとお父さんは、静かにその手で、スーっと背中をひとさすりした。上から下に、寄り添うように。そして……おしまいだった。なでられた背中の感触がほのかに残る帰り道、創業百年にならんとする理髪店の奥深さにふれた気がした。

それから数カ月後、緊急事態宣言が解除されて、ぼくの髪の毛がまた整備されていない公園の芝生のようになってしまってたので、再び新たな理髪店を目指した。理髪店は一見すいていそうでも、実は予約で土日はいっぱいである。飛び込み一見さんのぼくは数件断られた後、前から気になっていた理髪店に電話してみた。「予約とかってなくて、今あいてますよ」と、ひまですからと、すこし照れ笑いのような声で中年の男性の声。



その店は、散歩しているときにから目は付けていた住宅地の中のお店で、たたずまいも普通といえば普通だけど、ただ小さな勇気が無くて通り過ぎていた。個性的な店名に想像をめぐらせつつ入ると、店内がキラキラしていた。よく片付けされた、でもどこかキッチュな待合室というたたずまい。狙ってないけれど、ひとまわりしておしゃれ、おしゃれ? という感じ。昭和の喫茶店だ。ぼくが来店するまでにひとりお客さんがきていたので、「電話された方ですか。すいせんね」とお店の方が常連さんと会話しつつ、ぼくに声をかけてくれた。一人で切り盛りしているであろう店は3席、理髪店用の椅子が並べられている。思いのほか開放感があるのは、奥の壁が全面ガラス張りだからだ。なによりアカとシロの格子模様の床がおしゃれ。お客さん用の鏡のまわりは、観葉植物がたくさん飾られている。手入れが行き届いている普通の草っぽいところも好ましい。

突然、壁の鏡の奥からもうひとりのおじさんが登場してきた。ぼくを見ると早速セッティングを始めた。この二人は多分兄弟だなと推測。常連さんが、今日は休みかと思ってたと声をかけると、昼ご飯食べてました、とのこと。そこから二人の兄弟(多分)の分担作業により、ものすごくこだわった産毛の処理、カット、シャンプー、ヒゲそり、眉整え、そしてあのマッサージも入念にしてもらい、理容室コースを1時間ほど堪能させてもらった。その間に、生まれも育ちも首里ということで、このかいわいの昔話をいろいろ聞かせていただいた。そうかぁ、汀良町の十字路の朝市は、野菜、魚売りのおばちゃんたちが百名近く集まっていたんだ……。ちなみにお店の名前の由来は、予想通り映画のタイトルからとられたようだ。散歩しながら、ドストエフスキーか黒澤明か、気になっていたんだよなー。

帰り際、グリーンがきれいですよね、というと、平日はひまだから手入ればかりしているんですよ、すこし照れたような感じでこたえてくれた。

こうして理容室、または理髪店まーいは、続くのであった。
 

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ライター/編集者
1963年生まれ、那覇市出身。沖縄の出版社「ボーダーインク」で編集者として数多くの出版物に携わるほか、作詞なども手掛ける。自称「シマーコラムニスト」として、沖縄にまつわるあれこれを書きつづり、著書に「うちあたいの日々」「<太陽雨>の降る街で」「ンバンパッ!おきなわ白書」「道ゆらり」「うっちん党宣言」「僕の沖縄<復帰後>史」などがある。

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